ブログ毎日更新三年経過


どうやら今月の10日でブログの毎日更新が三年経過しておりました。だから何?という話なのですが、結果として「更新を三年間毎日続けていたよ」という話に過ぎません。8月31日のエントリー「日課としてのブログ更新で考えたこと」でも書きましたが、毎日更新することを決めてブログを書いており、たまたま続けることが出来たに過ぎません。

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毎日、三年も同じことを繰り返しやっていると、それはそれで様々な気づきが得られます。気づきを得るためにやっていませんが、結果として得られるという話です。

どんな物事でも大切なのは「継続すること」だと聞きます。たまに休んでもいいから続けることが大切です、みたいな。

これを本気で「そうか!」と思う人っているんでしょうかね?

多分、こういう人って続けることで能力を身に付けることをやったことが無い人なのかなと思うのですが、どうでしょうか?


「継続」って結果ですよね、あくまでも。継続は目的ではないはずですよね?あくまでも手段でしょうから。

「続けられる続けられない議論」ってよく聞きますが、私が周りの人間から感じるのは、続ける人ってごく少数です。

この場合の続けるは、自分で決めて取り組むことに対しての継続です。無論、他人から言われて続ける人など皆無です。

自分で決めて取り組んでいるにも関わらず、周りに同意を求めるような言動や行動を見かけますが、本質的には自分で決めていないからそういうことになるのだろうと思います。つまりは、周りに対するポーズに過ぎない。

自分で決めて取り組むことをわざわざ周りに宣言する人の気がしれないのですが、私には。


なんでもいいですが、何か物事を始めた頃は、楽しいものです。しかし、継続して能力を身に付けるのもはとにかく結果が出るまで時間がかかりますというよりも続けたところで結果が出るかどうかは未知数です。

結果が出るかもしれないし出ないかもしれない。

多くの人間は、多分ですが、そこに疑問というか無駄になったらどうしよう、と直ぐに考えてしまうように思います。

私から言わせてもらると単なる我がままなのですが・・・

とくに私がやっているブログ更新などはその典型でしょう。アフェリエイトのリンクも貼っておりますが、そこからの注文など殆どありません。

このブログが月間に相当の売上が立っていればそれはそれで続ける価値もあるでしょうが、私のブログなど何も生み出しているわけではないので、続ける価値はその角度から考えると全くありません。

ブログ更新、SNS更新も同じようなもので、初めのうちは情報発信ですが、そこに対するリアクションのなさに途端に更新を止める人が多いはずです。

更新が滞っているブログ、SNSなど吐いて捨てるほどあります。

結局は、そんなものでしょう。

お金に結びつかないもの(それだけではありませんが)をせっせとやる人なんていないでしょうからね。つまり、結果が出ないものに取り組む人など稀な存在でしょうから。

しかし、一方では更新を続けることでお金につながった人もいるわけです。ここで厄介なのが、お金につながった人がたまたまという要素が多いにも関わらず、周りを巻き込もうとするところです。

最初の頃は、私もそのうちの一人(巻き込まれた一人)だったのですが、目に見える結果など全く出ておりませんが、とにかく三年ブログを毎日更新したよ、ということです。

結局は、取り組んでやっていることに結果が出るとか出ないとかを考えるだけの人は、継続には向かないと思います。

勉強、楽器、スポーツ、商売も成果を出すには継続しなければならない。しかし、それは目的ではなくあくまでも手段です。

こんなことを考えるようになった「ブログ毎日更新三年経過」でした。





「アーノルド・ベネットの賢者の習慣」





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