質問を質問で返す
「〇〇さん、どうしたらいいでしょうか?」という感じで、うちの会社の営業マンからも取引先である美容室からも漠然とした質問を受けることが多々あります。質問を受けるたびに思うのが、何故、自分で考えないのだろうか?ということ。自分で考え答えを出して、それについて意見を求められるならまだしも、自分事であるはずなのに全く考えようとしないのは一体どういうことなのでしょうか?
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自分を敢えて持ち上げて書かせて頂くと、私がきっといい答えを知っているはずと相手が思い込んでいる節があります。
相手に意見を求める姿勢、態度は大切ですが、あくまでも自分なりの意見があってこそであって、丸投げするのは意味不明です。
以前は、相手から意見を求められた場合には、私の自尊心がくすぐられ調子に乗って自分の意見を述べておりました。
その際に、ちゃんと聞いてくれる人もいれば、それに対していちゃもんをつける人(大多数がこちら)がいたりして、一体これはどういうことなのかと考えるようになりました。
どうやら、自分の都合の良いというか、ラクに解決する方法を知りたい、もっといえばそのようなものが実際にはあるはずだという思い込みからの質問だと分かるようになりました。
で、それを「そんなものないですよ」と言ってしまうと角が立つので(これを言っては相手を不愉快にさせていました・・・)、逆に、質問を質問で返すというワザを編み出しました。
つまり、「〇〇さん、どうしたらいいでしょうか?」という質問に対して、「では、〇〇さんは、どうしたらいいと思いますか?」という感じです。
面白いのが、殆どの方がちゃんと答えられるということ。私にしては意外でした。あれ?答えている・・・
では、何故聞くのか?ってことです。
一つには、責任逃れですね。自分が導き出した答えで失敗した場合の責任を取りたくないわけです。突き詰めれば、損をしたくないという私には我がままに過ぎませんが。
そして、もう一つには、正解があるという思い込み。
責任逃れの考えの方は、全く行動しません。
自分の都合の良いときばかりしか行動しません。しかし、自分の都合の良いという考えが相手に透けて見えることを知らないようで、周りからは「自分勝手な人」のレッテルを貼られていることをどうやら知らないようです。
これが行き過ぎると応援してくれる人がどんどんいなくなります。美容室であれば、失客がそれに当たります。営業マンであれば、取引先から出禁をくらうとか、でしょうか?
もう一つの正解があるという思い込みも責任逃れと本質的には同じかもしれません。何故なら、勉強不足だからです。
思い込みというより決めつけに近いかもしれませんね。
まあ、何も考えずにただ意見を求めてくるだけの人は、ありもしない現状維持を望み、退歩している自分に気づいていないフリをしているようにしか私には見えません。
私からすると時間が勿体なくて仕方がないのですが、当の本人からすると不満はあるものの実は居心地の良いのも事実だったりします。
コロナ禍なる非常時となり、このままではイケないと思いつつも、実際の行動に移せない人も多いようです。
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