手柄の独り占めを考えても意味がない
今では、知識は検索すれば簡単に得られるようになりました。但し、知識を得られたからといってその知識が身に付くわけではありません。先日も書いたばかりでしたが、営業において「相手の話を聞く」という知識は直ぐに得られても(理解できても)、それを現場で使える(身に付く)かは全く別次元の話です。
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営業における知識は、数限りなくあることでしょう。しかし、大切なのはそれが身に付き、使えることです。
しかし、私もそうでしたが知識を知る、得る、ことによって特別な何かが得られたような錯覚に陥ります。なので、その知識をわざわざ他の営業マンに教えるようなことはしませんでした。
トップセールスを誇る営業マンに何か特別なコツやトップセールスしか知らない知識があるかというと、そんなことはありません。
営業に関することを聞いたとしても返ってくる返事は大抵「特別なことは何もしていない」でした。
もちろん、教えてもらったコツの一つに「相手の話を聞く」というものありました。
当時の私からすれば、その答えに対して「そんなの分かっているよ!」「だから、それ以外に何かあるんだろ?」という程度くらいにしか考えることが出来ませんでした。
ところが、なんとなくですが営業で経験を積んでいくとその意味が理解できるようになっていきました。
つまり、知っていること、理解していることが、使えているとは限らないということを。
このブログに関しても続けていくと「もっとちゃんとした文章を書きたいな」という衝動に駆られるようになりました。
「上手な文章の書き方」は、知識としてはネットを検索すればいくらでも出てきます。
しかし、その知識があればすぐに素晴らしい文章を書けるのかというと、そんなことはありません。やはり、ひたすらたくさん書くしか上達への道はありません。
ひたすら書くにしても「上手な文章の書き方」を理解し意識しながら書かなければ意味がありません。
ひたすら営業をやるにしても「相手の話を聞く」を理解し意識しながら営業をしなければ意味がありません。
先程、私は、「知識をわざわざ他の営業マンに教えるようなことはしませんでした」と書きました。ところが、ここ最近、教えないことに何も意味がないということにやっと気づくことができました。
営業でもそうだし、文章の書き方でもそうですが、知識を得たからといって直ぐに書けるようになることなどないわけですから、わざわざもったいぶって知識を隠す必要などないのです。
知識を得たところで、何かを出来るようになるのはまた別の話なのですから。
むしろ、どんどん自分の知り得る知識や情報は共有した方がいいのではないかと思うようになりました。
共有というよりも、知識や情報を自分の外に出すことによって身軽になり、また新しいものが入ってくる感覚すらあります。そして、何よりも相手からも喜ばれるし何かあったときに頼ってもらえる。そうすることで、私も相手に頼ったり頼みやすくなるのです。
自分だけでなく自分を含めて回りの人間が良くなることがいいはずなのに、そこに対して動けない自分というのはどこか器量の小ささを感じ、恥ずかしくもあります。
営業の現場で営業マン同士の情報交換や共有がないというのは、こういった私のように感情的な部分が多くを占めるのではないかと思います。
つまり、手柄の独り占めしか考えていない営業マンが多いのかもしれませんね。
三戸政和「営業はいらない」
「アーノルド・ベネットの賢者の習慣」
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