何が仕事なのかを理解した行動が求められている


コロナが切っ掛けとなって自身の営業の在り方を見直した営業マンは少なからずいるのではないでしょうか。実際、私もその一人だったりします。コロナ禍では、対面式の営業からオンラインでの営業も積極的に導入されているようです。営業マンが「取引先に足を運ぶ」ことには色んな意味があります。もちろん、営業マンが足を運ぶわけですから、相手に営業をかけにいっているわけです。

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しかし、営業をかける以外にも「挨拶」「顔出し」「ご機嫌伺い」「ヒアリング」のようなこともあります。

で、コロナ以前からもそうでしたが、上記の行為にはどれだけの意味があるのかは問われていたと思います。相手との接触回数を増やせば増やすほど、一般的には親しくなる傾向にはあるのでコミュニケーションをとることは効果的な行為だとは思います。

でも、それ自体が目的となっている営業マンも意外と多いのではないかと思います。営業をしたフリとしての「足を運ぶ」であり、つまり、数字を出そうとはしていない。

コロナということもあり、ここにきて直接会う営業が敬遠される場面も多くなっているようです。もっともコロナ感染を避けるという意味がその本質かと思います。

しかしながら、正直なところ営業をされる側は、営業マンとの直接コンタクトが面倒なのでコロナを理由に敬遠している人も相当数いるものだと思います。

コロナ云々に関わらず、何も考えず営業マンに直接何度も訪問されても迷惑でしかありませんから。

以下に紹介する記事は、そんなことを思わせてくれる内容でした。


取引先の「ご挨拶だけでも」発言ににモヤモヤ…メリットがあるのは誰か?

今日ご紹介するのは、リモートコミュニケーションが急速に進んだ今、いつまで続けていくべきかモヤモヤ悩む「挨拶」問題です。

エピソードを紹介してくれたのは、最近職場で部署異動することになったマミさん(会社員、35歳)。

異動先の取引先の営業担当者に着任のご挨拶メールを出したところ、「ご挨拶だけでもさせてください。お手すきの際に15分だけでも」と連絡がありました。熱心なお誘いだったのですが、今のところその取引先にお願いしたいことはないし、相談したいこともない。何より忙しい。会うメリットが何も思いつかない。挨拶だけなら今メールで終わったしなあと思い、「あいにく立て込んでいるのでまたの機会にお願いします」とお断りしました。


異動にともなう担当替えとか、年度の区切りとか、色々なタイミングで恒例行事のようになっている「ご挨拶」。仕事に限らず、保険や銀行の営業さんからも同じような連絡がきたりしますし、マンション組合とか学校のPTA活動なんかでも同じようなことが起こりそうですね。

皆さん、「ご挨拶だけでも……」と連絡がきたら、どう対応されていますか?(後略)


以上引用。


私の場合は、「ご挨拶だけでも」と連絡がきたら、普通に対応しますね。それはそうとして・・・

今回の記事では、挨拶をする側もされる側もどっちもどっちかなぁという印象を受けました。

とはいえ、営業マン側で話をさせてもらうと、新規飛び込みセールスの経験がないのかな?って感じです。

記事の最後を読んでもらえばわかりますが、そこには『「個人の創意工夫が求められる面白い時代になった」ととらえるのか』とあります。

ていうか、営業ってそもそもそんなものです。時代とかの話は全く関係ありません。

営業で決める人間と決められない人間の差であって、「挨拶」ひとつをとっても決める人間は、決めるために「挨拶」にいくだけです。

決められない人間は、単に「挨拶」に行くだけです。

営業マンに限らずですが、何が仕事なのかを理解した行動が求められているということだと思います。





三戸政和「営業はいらない」




「アーノルド・ベネットの賢者の習慣」





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