令和4年 心あらたまる正月


明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。令和4年(2022年)がはじまりました。今年がどんな一年になるかは、自分自身の「心の在り方と行動」にかかっているのだと思います。今年は昨年以上、日々全力を尽くす所存であります。

人気ブログランキングに参加しています。
応援クリックお願いします。





さて、団塊ジュニア世代である私は、今年、順調にいけば?50歳を迎えます。だから何?って感じなのですが、平均寿命が延びていますよね。

あくまでも平均の話なので、人によってどれだけ生きるかはマチマチなのでなんとも微妙な話ですが、とはいえ平均寿命となると男性でも80歳を超えています。

ところが、「ライフ・シフト」でも紹介されているように寿命の算出方法には、「コーホート平均寿命」と「ピリオド平均寿命」があるといいます。

「コーホート平均寿命」を採用すると私ですら、90歳以上生きる確率が半分以上あるとされています。

仮に運よく私が90歳まで生きるとなると残り40年あるわけです。これって結構長くないですかね!?

働ける身体(脳と肉体)をそもそも後40年維持出来るのか?仮に維持出来たとしても今の自分の能力、スキルといったものが果たして通用するのでしょうか。

いやいや、それ以前の問題として「会社の寿命」を忘れていないのか、と突っ込まれそうです。ちなみに、私の働く会社は、創業30年を超えております。

「会社の寿命30年説」からすると会社の寿命が尽きている状況。しかも、会社の寿命に関して年を追うごとに短くなっているという話をよく耳にします。

長寿化は有難い話ですが、その長寿化とは裏腹に会社は短命化しているという皮肉

私が、これから後40年をどうやって働こうかと考えてもそれは、今働いている会社が存続しているという前提に過ぎません。

私の働く会社は、たまたまコロナ禍でもなんとか存続しており、後継者問題も乗り切れそうで、しかし、今までの商売の在り方はとっくに通用しなくなっていて、現状の顧客の高齢化も進んでいて、ジリ貧で売り上げはコロナに関係なく徐々に落ちていくのは分かっていた話でした。

もっとも商売の在り方を見直す余力も多少あるのも事実で、直ぐにどうのこうのはないのかもしれませんが、確実に起こるであろう危機は存在しています。

とはいえ、このような会社は私のところに限らず日本全国あるのだろうと思います。

長寿化の進展もまだまだ続きそうですし、逆に事業や会社の短命化も進みそうです。

働く側からすれば「今働いている会社は早晩なくなる」という前提で仕事をすることが必要となるでしょうし、会社側からすれば「この会社もいずれ消滅する」という前提で人を雇う必要が出てくるのでしょう。

つまり、会社でのみ通用する能力、スキルといったものが物凄く陳腐なものとなってしまいます。

ということは、よく言われるところの「どの業種であっても評価されるスキル」を身に付ける必要があるのでしょう。

例えば、論理思考、プレゼンテーションといったものが典型ですね。


といいつつ、現実には、50歳からの転職は非現実的だとも思っております。年齢制限をかけて求人をしてはいけないようですが、とはいえ、求人において少しでも若い人であったり、キャリアを優先することは暗黙の了解といったところではないでしょうか。

まあ、今回のような問題は答えのない問題なので、個人の働き方と生き方が答えに直結することだけは間違いないと思います。

ということで、時代の変化に合うように私は働き方、生き方を変化させつつ、会社も生き残れるように商売の在り方を変化する手助けを出来ればと考えております。




最後に、とくに意味はありませんが、例年1月1日のエントリーは、松下幸之助「一日一話」より元旦にあてた一話を掲載しております。




以下引用。


心あらたまる正月

竹にフシがなければ、ズンベラボーで、とりとめがなくて、風雪に耐えるあの強さも生まれてこないであろう。竹にはやはりフシがいるのである。

同様に、流れる歳月にもやはりフシがいる。ともすれば、とりとめもなく過ぎていきがちな日々である。

せめて年に一回はフシをつくって、身辺を整理し、長い人生に耐える力を養いたい。そういう意味では、お正月は意義深くて、おめでたくて、心もあらたまる。常日ごろ考えられないことも考えたい。

無沙汰のお詫びもしてみたい。そして、新たな勇気と希望も生み出したい。すがすがしくて、さわやかで、お正月はいいものである。


以上引用。



人気ブログランキングに参加しています。
応援クリックお願いします。


コメント

非公開コメント