哲学と科学と


以前、「科学が発展した19世紀になって、初めて哲学と科学が区別されるようになった」と何かの本で読んだとき、驚いたと同時にやけに納得したことを覚えています。科学と哲学は、ある人によっては似ても似つかないものだろうと思いますが、ちょっと前までは同じように扱われていた、ということです。

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では、哲学と科学が簡単にどういうものかを考えてみましょう。

もちろん、私には考えることはできないので、西村能一さんの「科学の名著50冊が1冊でざっと学べる」から引用することにします。





哲学とは、「本質を洞察することで、その問題を解き明かすための考え方を見出す営み」

科学とは、「実験や観察にもとづく経験的実証性と論理的推論にもとづく体系的整合性を探求する営み」

また、「哲学は人間的“意味の世界”の本質を探究するものであるのに対し、科学は“事実の世界”のメカニズムを明らかにする」ものである。



ということでありまして、私なりに思うことはいずれにしてもそこに「思考(考える)」が伴うということ。そして、必ずそこには「時間」もかかるということ。

しかも、思考の先に答えがあるようでないような世界がある。だからこそ、冒頭でも書いたように私には、科学と哲学が同じように扱われていたことが驚きと納得であったわけであります。

ところが、現代はとにかく答えというか結果を求められ、ゆっくりと時間が流れる中で思考することなどナンセンスになっているように思われます。

だからなのでしょうか、以下のような記事が存在するのも。


「哲学書」と「自己啓発書」の違いは何か...今のあなたに必要なのは「答えの提示」、それとも「問い立て」?


とはいうものの何となく以前の私も哲学と自己啓発を同系列で扱っていたように思います。

答えが割と簡単に出せる自己啓発に比べて、哲学では永遠に問い続ける態度のようなものなので、まあ、人によっては「思考する」こと自体が苦痛であるのかもしれません。

というか、いくら考えても仕方ない、といったコスパ思考の極みみたいな感じでしょうかね?

私からすると無駄なことに思考を注ぐからこそ不要不急の極みであるヒトの極みのような気もしておりますが。





岡本裕一朗「いま世界の哲学者が考えていること」




ジェフ・ホーキンス「脳は世界をどう見ているのか」





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