平時では気づけないこと


2024年1月1日、石川県能登地方を震源とするM7.6、震度7の大地震がありました。お亡くなりになられた方にお悔やみ申し上げます。全ての被災者の皆様にお見舞い申し上げます。元旦からとんでもない事態になってしまいました。同時に、2018年1月3日に熊本県で地震があったことを思い出してしまいました。自然災害と常に隣り合わせである日本をまざまざと思い知らされる元旦となってしまいました。

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地震(災害)が起こることは仕方がないにしても、何も元旦早々から・・・

何もここで起こらなくてもいいのに・・・

災害ではありませんが、私の周りでもお正月なのに体調がすぐれない、崩している方々もいらっしゃいます。

でも、そんなこちらの状況など構わずに(お構いなしに)、災害にしろ病気にしろ、とくに感染症の類は襲ってきます。

もうどうすればいいんですかね?

だからこその防災意識、感染予防意識が重要だと思うわけですが、こと防災に関しては、個人レベルで出来ることなど限られています。

以前、2011年の東北大震災に被災された方が、その後、熊本に移住し、2016年の熊本県地震で被災した人の話を聞いたことがあります。

こんなことってあるんでしょうか?

でも、これが現実なんですよね。残酷過ぎるぐらいに。

たまたま被災してしまう人もいれば、たまたま助かる人もいる。それを運といってしまえばそれまでですが、だからこそ助かった人が助けが必要な人を助けることが大切なことなんだと思うわけです。

ただ、このような非常事態になったときにしかこのような意識を持つのではなく、平時からの意識でなければきっと意味がないのだと私は思うわけです。

そして、平時は非常事態にならなければ、あれが平時だったんだと気づけないものです。少なくとも私はそうです。

コロナ禍を経て、何もなかったような感じの世の中ですが、実際の現場では、どこもかしこもコロナだけのとは言いませんが、様々な影響に苦しんでいます。

とはいえ、それでもなんとか私自身は仕事も出来るし(しかも働けるだけの健康でもあるし)、働く会社も存続できているので、ホント運が良いのだなぁとつくづく思います。



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